アウトサイダー 陰謀の中の人生 (角川文庫)

本書は英国の作家フレデリック・フォーサイス氏（Frederick Forsyth）（1938－）の自伝『アウトサイダー』副題：陰謀の中の人生翻訳：黒原敏行氏（1957－）（角川文庫 2018.12）です。２年前に出た単行本『アウトサイダー』（角川書店 2016.12）が文庫本化されたものです。単行本を読んであまりにおもしろかったので文庫本も購入しました。内容（文章）はいっしょです。唯一、違うのはカバー写真です。シガレットを右手の人差し指と中指の間にはさみその右手を右頬に当てているフォーサイス氏の近影‥という図柄はいっしょなのですが単行本：モノクロ文庫本：カラーという違いがあります。ネクタイはロイヤル・ブルーの地に白いストライプが入っている図柄だと文庫本で初めて分かりました。単行本と文庫本でモノクロ／カラーを違えるというさりげない所で勝負してくる出版社に敬意を表します。シブイ仕事です。『アウトサイダー』を読む前と後でフォーサイス氏の印象は劇的に変わりました。Before：単なるジャーナリスト出身のベストセラー作家。After：①反骨の人。②語学の天才。③人生の大事な局面で幸運の女神に愛される人‥です。以下、説明します。①反骨の人。‥少年フォーサイスはまず「オックスブリッジ」というエリートコースを蹴って志願して空軍に入ります。BBC（英国放送教会）の記者時代にはBBCの偉いさん＝BBCという組織＝英国政府そのものとケンカをして干され辞職に追いやられてしまいます。その直接のきっかけはビアフラ戦争（アルジェリア内戦）（1967ー1970）の取材でした。英国政府はアルジェリアを支援しBBCはアルジェリア＝正義とする報道に従事します。しかしフォーサイスは取材の結果ビアフラの方に義ないし理があると考え積極的にビアフラを擁護する記事を書きます。（ビアフラとアルジェリア連邦のどちらが正しかったは私には分かりませんが）ジャーナリストは組織の命令ではなく「①事実②良心」に従って記事を書くのが本分だろうと思います。その点で筋を通したフォーサイス氏はガッツがあると思います。相手は巨大なＢＢＣですから。②語学の天才。‥BBCに入る前はロイター通信の記者でした。「イースタン・デイリー・プレス」という地方紙の記者だったフォーサイス氏がいきなりロイター通信に入ることができたのはネイティブとまちがわれるくらいフランス語にたんのうだったからです。ドイツ語も同様でした。さらにロシア語とスペイン語が話せました。母国語の英語を加えると５カ国語が「ペラペラ」でした。私のように受験英語と教養部仏語と選択科目のラテン語とギリシャ語という徹底した「読み書き」（話せない）語学とは正反対の才能です。③大事な局面で幸運の女神。‥フォーサイス氏が最初に勤務した「イースタン・デイリー・プレス」紙はイングランド・ノーフォーク州ノリッチ市に本社がある地方紙です。地図で言うとブリテン島のいちばん東に突き出たあたりになります。大手新聞社に入ろうと何のコネもなくロンドンに出てきたフォーサイス青年ですが「デイリー・エクスプレス」紙などすべての新聞社からけんもほろろの冷たい対応を受けます。昼食をとるためにパブに入りもう田舎に帰ろうと決意しました（勤務地であり出身地ではありません）。そのときタバコをふかしていた初老の男の客が「きみ、浮かない顔をしているね」と話かけてきます。‥この客の正体は？ロイター通信に関係あるのでしょうか？詳細は本書（p.136）をお読みいただけると幸いです。自伝を読んでおりますとフォーサイス氏は人生の大切な局面局面で幸運にめぐまれます。正確な表現をすれば「幸運をもたらす人物との偶然の出会い」があります。それはもちろん偶然でしょうが「反骨」「筋を通す」「義にしたがう」「理を重んじる」生き方をしているフォーサイス氏の人柄が幸いしているという気がしてなりません。私の人生は正反対で重要な局面局面で裏切りにあうか自分で墓穴を掘るか茨の道を歩んできました。幸運の女神といえばフォーサイス氏がロイター通信の東ベルリン支局長（ひとり支局長）だったときに目の覚めるような美人についてあるエピソードを書いています。東ベルリン支局のカバー範囲には東ドイツのみならずチェコスロバキアとハンガリーも含まれていました。1964年の夏フォーサイス氏はチェコのプラハに定期出張し定宿の「ヤルタ・ホテル」にチェックインします。ある業界の人々にとってはチェコと言えばＳｔBSｔＢと言えばチェコです。「ＳｔB」は「国家保安部」を意味するチェコ語の略称で秘密政治警察を指します。西側のジャーナリストには全員監視がつきます。（逆に日本では旧ソ連大使館を出て来る「全員」に公安の尾行がついたと言われます）諜報業界ではそれが仕事です。フォーサイス氏はヤルタ・ホテルの地階のディスコに入ります。客は西側のビジネスマンたちでホステスはプラハの女性大学生たちです。客にもらうチップを学費の足しにしているのでした。目も覚めるような美人「ヤナ」もその一人です。芳紀21歳。フォーサイス氏（当時25歳）はヤナにシャンパンをおごり午前零時になるとヤナを誘ってクルマでドライブに出ます。フォーサイス氏は運転しながら常に後方に注意していました。なぜなら常に「SｔB」による尾行がつくからです。プラハは盆地ですから夜になっても蒸し暑い空気です。特に1964年の7月は蒸しました。午前２時頃湖のほとりでクルマを停めフォーサイス氏とヤナは服をすべてぬいで水浴びします。それから岸にあがり毛布を広げ25歳の男と21歳の女がそういう状況下でするであろうとみなさんが予想されることをします。そのあと（当時フォーサイス氏は喫煙しました）タバコに火をつけ紫煙が星空にたちのぼるのを半ばうとうとしながら眺めました。（退嬰的な心地よい時間です）余韻にひたっていたフォーサイス氏はふと今夜「ＳｔＢ」車の尾行が通常と異なる動きをしたことに思い当たります。変だなと思います。「ＳｔＢはどうしたんだろう？」。フォーサイス氏の腕に抱かれていたヤナは何と言ったのでしょうか？本書（p.192）をお読みいただけると幸いです。